ラミレスの母親や父親の職業を調査!母国の実家は貧乏だった!?

現役時代は「ラミちゃん」の愛称で親しまれ、日本野球界で活躍したアレックス・ラミレスさん。

2020年10月にDeNA監督を退任し、家族と一緒にテレビ出演する機会が増えましたよね!

奥さんの美保さんはブログでラミちゃんファミリーの様子を積極的に発信してますが、

ラミレスさんの母親や父親については、情報がほとんどありません。

この記事では、アレックス・ラミレスさんの母国の母親や父親、実家について調査しました!

ラミレスの母親や父親の職業を調査!

ラミレスさんの母親や父親について調査しました!

2011年巨人戦でラミレスさんの生い立ちや家族について語られた漫画が配布されていたそうです!

(なんと、漫画の作者は名探偵コナンでおなじみの青山剛昌先生だったとか!)

ラミレスの母親は野球チームの食事係

ラミレスさんの母親は、エラディア・カブリケス・ラミレスという名前で、

職業はラミレスさんの所属する野球チームの食事係をしていたそうです。

ラミレスさんの母親は、ラミレス家でいちばん野球に詳しかったとか!

ラミレスさんが15歳のときに「学校を中退して野球に専念したい」と言ったとき、母親は反対だったそうです。

ベネズエラや日本の野球界で活躍し、日本でも愛されているラミレスさんを見て、母親もほっとしていると思います。

ラミレスの父親はトラック運転手

ラミレスさんの父親は、ラモン・ラミレスという名前で

職業はトラック運転手をしていました。

ラミレスさんの父親はアマゾンに材木を運んでいました。

何度も強盗に遭うような危険な場所で仕事をしていたそうですが、現在もお元気とのことです。

ラミレスさんが15歳のときに「学校を中退して野球に専念したい」と言ったとき、母親は反対しましたが、父親は後押ししてくれたそうです。

その結果スカウトの目に留まり、メジャーリーグや日本で活躍することになります。

ラミレスさんの活躍は父親のおかげだったんですね。

ラミレスの母国の実家は貧乏だった?

ラミレスさんは母国ベネズエラの首都カラカスで生まれました。

実家は、カラカスから車で45分ほどの場所にあるピニャンゴ・デ・ジャレという村にありました。

ピニャンゴ・デ・ジャレは人口約200人の小さな村で、そのうち3/4がラミレスさんの親族だったそうです。

ラミレスさんはピニャンゴ・デ・ジャレを「本当に貧しい街」と話しています。

  • 家は掘っ立て小屋
  • 電気代が払えないので夜はろうそくで過ごしていた
  • 水不足で水道が使えるのは週に3日だけ
  • ピニャンゴ・デ・ジャレには学校がない
  • 食料品を買うには片道1時間歩かなければいけない

ラミレスさんの実家は、ずいぶん僻地にあったようですね…

ラミレスさんの実家のあるピニャンゴ・デ・ジャレは貧しい村ですが、ラミレスさんは学校にも通っていたことから、村の中では比較的収入があったほうだと考えられます。

まとめ

この記事では「ラミレスの母親や父親の職業を調査!母国の実家は貧乏だった!?」と題して、アレックス・ラミレスさんの母親や父親、実家について調査しました!

ラミレスさんの母親は野球チームの食事係、父親はトラック運転手として働いていて、現在も母国ベネズエラでご健在とのことです。

貧しいながら、野球を頑張るラミレスさんを支えてくれたご両親。

ラミレスさんの日本での活躍を喜んでいると思います。