川淵三郎の妻や子供など家族は?経歴がすごい!年収は3,000万円以上!?

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、女性蔑視発言の責任を取り辞任する意向を固めました。

後任は、元日本サッカー協会会長の川淵三郎(かわぶち さぶろう)さんで調整しているそうです。

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の顔となる川淵三郎さん、どんな人なのか、妻や子供など家族、年収などいろいろ気になりますよね!

調べてみたところ、川淵三郎さんはサッカーだけでなく、バスケットボールの改革にも尽力されたすごい人だということが分かりました!

この記事で、詳しくお伝えしますね♪

  • 川淵三郎の妻や子供など家族は?
  • 川淵三郎の経歴がすごい!
  • 川淵三郎の年収は3,000万円以上!?

川淵三郎の妻や子供など家族は?

まずは、川淵三郎さんの妻や子供、家族について調べました!

川淵三郎さんには、1962年12月に結婚しています。

子供は娘がふたりいるそうです。

妻や子供の顔写真や年齢については分かりませんでした。

お孫さんもいらっしゃるようです!

川淵三郎さん、お孫さんから年賀状をもらって嬉しそうですね!

家族とは良い関係だということが伝わってきます。

川淵三郎の経歴がすごい!

川淵三郎さんの経歴について調べたところ、肩書をいくつも持つすごい方だということが分かりました!

川淵三郎さんプロフィール
  • 生年月日:1936年12月3日(2021年2月現在84歳)
  • 出身地:大阪府高石市
  • 出身高校:大阪府立三国丘高等学校
  • 出身大学:早稲田大学

川淵三郎さんは、小中学校時代は演劇に夢中だったそうですが、運動神経が良かったため、野球部にも誘われて所属していました。

サッカーを始めたのは高校入学後ですが、「汚れるし痛い」という理由で継続する気はなかったとか!

しかし「サッカーなら試合遠征で色んな場所に行ける」と引き留められ、大学や実業団で活躍している先輩の指導を受けているうちに、サッカーが楽しくなったそうです。

川淵三郎さんは2年浪人した末、早稲田大学に入学。

早稲田大学入学後はア式蹴球(サッカーの別称)部に所属し、すぐにレギュラー入り!

関東大学リーグを優勝に導いたり、大学2年生のときにサッカー日本代表に選出されるなど輝かしい成績を残します。

大学卒業後は、古川電気工業でプレーし、1964年の東京オリンピックにも出場しています。

川淵三郎さんは1970年に現役を引退しますが、その後の経歴がすごいんです!

  • 1970年 現役引退(日本代表通算68試合、18得点)
    古河電気工業サッカー部コーチ就任。
  • 1972年 古河電気工業サッカー部監督就任(1975年退任)
  • 1976年 日本サッカーリーグ常任運営委員就任(1979年退任)
  • 1980年6月 LA五輪強化部長に就任
  • 1980年11月 日本代表監督代行就任(1981年退任)
  • 1988年10月 日本サッカー協会理事就任
  • 1989年6月2日 JFA・プロリーグ委員会委員長就任
  • 1990年8月 プロリーグ検討委員会委員長就任
  • 1991年11月 社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)設立、初代チェアマン就任
  • 1993年5月 Jリーグ開幕、国立競技場にて開幕宣言
  • 1994年5月 日本サッカー協会副会長就任
  • 1994年6月 W杯日本招致委員会実行副委員就任
  • 1996年7月 2002年W杯開催準備委員会実行副委員長就任
  • 1997年12月 2002年FIFAW杯日本組織委員会理事就任
  • 2002年7月 Jリーグチェアマン退任。日本サッカー協会会長(キャプテン)に就任
  • 2008年6月 3期6年務めた日本サッカー協会会長を退任、名誉会長に就任。
  • 2010年9月 日本サッカーミュージアム館長に就任。任期は2年。
  • 2011年5月 日本将棋連盟非常勤理事に就任
  • 2011年6月 東京都教育委員に就任(2012年11月22日退任)
  • 2012年6月 日本サッカー協会名誉会長を退任し、同最高顧問に就任
  • 2013年4月 公立大学法人首都大学東京理事長の就任
  • 2015年1月  国際バスケットボール連盟主導で設立された日本バスケットボール協会改革のためのタスクフォース「JAPAN 2024 TASKFORCE」のチェアマンに就任。
  • 2015年4月 一般社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ理事長に就任
  • 2015年5月 日本バスケットボール協会会長に就任
  • 2015年5月 日本トップリーグ連携機構会長に就任
  • 2016年6月 日本バスケットボール協会会長を退任し、エグゼクティブアドバイザーに就任。
  • 2017年3月 公立大学法人首都大学東京理事長を任期満了で退任
  • 2018年3月 日本サッカー協会最高顧問を退任し、同相談役に就任

【引用元:Wikipediaより抜粋

川淵三郎さんの経歴を箇条書きで紹介しましたが、肩書がめちゃくちゃたくさんあって、すごいですよね!!!

Jリーグを立ち上げたり、ワールドカップ招致に尽力されたりと、日本サッカー界を盛り上げてきたんですね。

さらに、川淵三郎さんはバスケットボールとは縁もゆかりもなかったそうですが、バスケットボール界の改革にも携わっています。

2014年、日本バスケットボール協会は国際バスケットボール連盟から無期限の加盟資格停止処分を受け、日本代表は国際試合に出場することができなくなりました。

このとき日本バスケットボール界の改革を任されたのが川淵三郎さんです。

なんと、就任から6か月で、日本バスケットボール協会の加盟資格停止処分を解除に導いています。

川淵三郎さんは御年84歳ですが、日本のスポーツ界を盛り上げるために、まだまだ活躍されそうですね!

川淵三郎の年収は3,000万円以上!?

様々な肩書をもち活躍される川淵三郎さんの年収が気になりますよね!?

残念ながら、川淵三郎さんの現在の年収は分かっていません。

ちなみに、日本サッカー協会会長時代の年収は推定3,000万円と言われています。

日本サッカー協会会長を退任した後も名誉会長や最高顧問に就任し、サッカー以外の職にも就いていらっしゃるので、日本サッカー協会会長時代より多くの年収をもらっていると推測されます。

現在の年収は、間違いなく3,000万円以上はあるでしょう!

まとめ

この記事では、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長に就任した川淵三郎さんについて、以下の内容でお届けしました!

  • 川淵三郎の妻や子供など家族は?

 →1962年に結婚、子供は娘がふたりで、お孫さんもいらっしゃいます。

  • 川淵三郎の経歴がすごい!

 →サッカー選手時代は日本代用として東京オリンピックにも出場。

  引退後は、サッカーやバスケットボールなど日本スポーツ界のために尽力。

  • 川淵三郎の年収は3,000万円以上!?

 →日本サッカー協会会長時代の年収は推定3,000万円。現在の年収は3,000万円以上と推測されます。

新型コロナウイルスの影響で難しい舵取りが要求されるかと思いますが、川淵三郎さんには頑張ってほしいですね!